高木晩茶農園

晩茶づくりの文化を後世につなぐ


上勝阿波晩茶との出会い


大学卒業後、徳島で住宅の営業販売をし26歳で上京。偶然の出会いで画商の助手をする。8年後また徳島へ帰ることに。

戻った日にたまたま目にした徳島新聞の農業職業訓練募集の記事にピンとくるものを感じ、応募し参加する。

大学時代、地域経済・農業漁業とエコロジーというゼミに入り、農業は年齢に関係なく続けられ、且つ自身で事業ができる職業として、かねてより気になっていた。

2010年から1年間、職業訓練で最初に派遣された先は、阿波晩茶農家 で70歳の陽気なおばあちゃん、山田喜美子さん宅。初日は雨の日で朝からずっと草刈りをし、ただただ辛かった記憶が思い出される。

ようやく7月から茶摘みと晩茶づくりを経験する。上勝阿波晩茶の作り方、摘む、茹でる、擦る、干すといった工程の全てが不思議な作業だと感じた。晩茶づくりへの興味が湧き、晩茶農家になりたいと思うのに時間はかからなかった。

山田さんは今では、阿波晩茶作りの大事な師匠である。

同じく農業職業訓練時代、もうひとつの出会いがあった。ある日、阪東食品でバイトをすることになるのだが、短期にもかかわらず社長の阪東卓保さんがよく気にかけてくれた。しばらくたった後に阿波晩茶農家になりたい旨を伝えると、自由に使える畑を持つオーナーを紹介してくれた。

そんな阪東さんも阿波晩茶作りの2人目の師匠である。


阿波晩茶農家として独立

2011年5月に独立開業することに。

1年目は苦労の連続。晩茶づくりを始めたはいいが、機械やノウハウが全くない。途方に暮れていた時、手を差し伸べてくれたのが上述の阪東さん。

機械を使っていないアイドルタイムに利用させてもらい、なんとかお茶作りに漕ぎつけることができた。1年目の収穫量は40キロ200リットル。わずか1〜1.5桶くらいの量であった。

お茶づくりのノウハウは、教えてもらうと言うより職人気質の晩茶農家さんのやり方を見て学んでいくことが多かった。特に阪東さんからの学びが非常に大きかった。

お茶づくりをする場所や機械、全てがきれいに整備されていて、その環境や思いが反映されてか、雑味が少なくとてもおいしいお茶であったことを今でも鮮明に覚えている。

晩茶農家として独立してから今年で14年目に入るが、最初は自分のお茶づくりだけでは生計が成り立たず、他の晩茶農家さんの手伝い等をしながら、自分の晩茶づくりの道を極めていった。お茶作りが安定してきたのはここ2~3年で、やっと自分のお茶づくりだけに専念できるようになった。


晩茶づくりの魅力と実績


晩茶づくりをしていて嬉しいことは、2人の師匠から注文が入るとき。認められたという自信と誇りが持てる。


苦労したことは、独立した当初、1つ売れるまでの不安やこの状況で生活していけるのかという焦りで、眠れぬ夜を過ごしたこと。今となってはいい思い出
になっている。

現在の収穫量について ※2023年最新版

600キロ。上勝町の野尻エリアを中心とする5カ所の畑を管理して運営している。広さとしては1丁6反の規模。


現在の販売先は県内50%、県外50%の半分ずつの割合で、すべて法人販売が中心。
販売先としては、スーパー飲食関係店舗、お茶専門店、商社等。

あわい商店もお取扱いしています。





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