ものがたり
海と川、そして人が育てる「徳島の香り」
すじ青のりという、静かな贅沢
海に学び、川に還る。 若き漁師が選んだ「香り」への挑戦
ゆこう農家「シシトトラ」の浅野さんが繋いでくれた、一本の糸。 それが、土井さんとの出会いでした。
正直に言えば、お会いするまでは少しの緊張がありました。 事前の電話やメッセージでのやり取りは、あくまで実直で淡々としたもの。 「もしかして、気難しい職人気質の漁師さんだろうか…。」 そんな勝手な想像と一抹の不安を抱えながら、車を走らせ松茂町の長原漁港へ。
しかし、そこで待っていたのは、心地よい「裏切り」でした。 車を降りた私たちの目に飛び込んできたのは、海風が似合う、とびきり爽やかな笑顔。 まるで俳優のように精悍な顔立ちの土井さんが、気さくに手を振って迎えてくれたのです。
徳島県内でも指折りの進学校を経て、あえて海の道を選んだ土井さん。 その知性と野性が同居する彼にとって、水辺は常に原風景の中にありました。
愛知県の大学を卒業後、彼がUターンして選んだ道は「黒海苔漁師」。
寒風吹きすさぶ現場に身を置き、潮の流れ、風の匂い、海の機嫌を身体で覚える日々。
自然と対峙する厳しさと喜びを、肌感覚として叩き込みました。
数年にわたる修業を経て、次に挑んだのが「すじ青のり」です。
吉野川の河口域、海水と淡水が混じり合う汽水域でしか育たないこの海藻は、黒海苔とは異なる繊細さと、圧倒的な香りを持っています。
「この香りには、徳島の自然そのものが詰まっている」
その可能性に魅せられ、独立を決意。
収量も安定せず、天候に大きく左右される世界ですが、土井さんは「自然相手だからこそ、毎日が発見の連続」と語り、今日も静かに水面と向き合い続けています。
厳しさが生む、格別の芳香。 自然と折り合いをつけながら紡ぐもの
すじ青のりは、一般的なあおさや板海苔とは一線を画す存在です。
最大の特徴は、封を切った瞬間に立ち上がる、野趣あふれる鮮烈な香り。
この香りは、清浄な水質、水温、そして潮の満ち引きによる適度なストレス—そのすべてが揃って初めて生まれます。
穏やかな環境よりも、寒さや風波に揉まれることで、海苔は力強い風味をその身に宿すのです。
しかし、その生産は年々難しさを増しています。 台風の減少による水質変化や、冬場の水温上昇。
数年前には記録的な不漁も経験しました。 近年、リスク分散のために「陸上養殖」も広がりを見せており、安定供給においては大きな希望です。
それでも、川という大自然の中で育った「天然のすじ青のり」が放つ複雑味と香りの強さは、やはり格別だと言われます。
「それでも、この香りを届けたい」
自然環境の変化は、年ごとに海の表情を変えます。
正解のない問いに挑むように、土井さんは自然と折り合いをつけながら、今の環境で出せる「最善の香り」を探り続けています。
主役を引き立て、余韻を残す。 大人のための「ハーブ」として
すじ青のりを愉しむ際、最も大切なのは「加熱しすぎないこと」。
食べる直前にふわりとかける。それだけで、いつもの料理がご馳走に変わります。
●炊きたてのご飯に、ひとつまみ 湯気とともに立ち上る磯の香りは、日本人の琴線に触れる贅沢。
●卵かけご飯の仕上げに 濃厚な卵の甘みと、青のりのほろ苦さが絡み合い、料亭の締めの一品のような味わいに。
●白身魚のソテーや天ぷらに 塩と青のりだけでいただく。素材の輪郭が際立ちます。
●チーズやパスタに合わせて 和食にとどまらず、上質なハーブやスパイスのような感覚で。
決して主張しすぎず、けれど確実に記憶に残る。 料理全体に上品な“余韻”を残してくれるのが、すじ青のりの真骨頂です。
吉野川の冬景色を、未来へ。 「おいしい」の先にある物語
冬になると吉野川の河口に広がる、海苔養殖の杭(くい)が整然と並ぶ景色。
それは、徳島の冬の風物詩であり、守るべき文化的な景観でもあります。
すじ青のりづくりは、自然任せの側面が大きく、効率や大量生産とはもっとも縁遠い産業のひとつかもしれません。
それでも土井さんは、「この香りは、徳島の財産だと思う」と語ります。
安定生産への模索、環境変化への対応、そして後継者の育成。
課題は多くとも、歩みを止めるつもりはありません。
川とともに生き、香りを未来へ手渡していく。
あわい商店がお届けするすじ青のりには、そんな静かで力強い“ものがたり”が宿っています。





